すこしだけ.....。

2005年です。



なにかのきっかけで
この日記に目を通してくださった方を
ほんの少しでも
あたたかな気持ちにできたらうれしい
今年また日記をはじめるにあたって(昨日からですが)
そんな気持ちで日記を綴っていこうと思います。
素敵な連鎖を夢見て。
かぎりなく、いえ、全くの自己満足なのですが。
でも、もしそんなことができたのなら
なんだかとってもうれしいのです。
とはいっても
自分が心惹かれたものなどについて
感動にひっぱられて
あてもなく
つらつらと書いてしまうのですが。
感じたことを日記に残しておきたいのです。



昨年の7月にも書いたことなのですが
通り過ぎて
あらためて...。



のんびりいきます。

一年の締めくくりに。

松本人志さん。
しりとり。


多くの熱いファンをもつこの方のことを書くことは
不勉強の自分としては気がひけるのですが
でも、思うことを少し。
(学部のころ博士課程の先輩方が月曜日になると
熱く話されていたのが思いおこされます。)


以前に、書かれている本のなかで


自分は芸がないのでは、と言われることがあるのだけれど
芸は、その人が考えること、創造するもの
とお話されていたこと



素人の受け取り手は
おもしろい、おもしろくない
と感じればよいと言ってくれたこと



災害などがあったときに
「笑い」で励ますのは不謹慎だといわれてしまうことに
疑問を感じられていたこと
(今はよく、笑いが元気の素であること
遺伝子レベルなど科学的にも「笑い」が大切なこと
などが言われていますが。)



そういうことを
10年以上前からおっしゃっていた方
(私が言うのもなんですが)
やっと時代がおいついたのかな
こう考えても、すごい人なのだなあ、と。




松本さんは
共感を得られないことの怖さを人一倍
知っていらっしゃるような気が勝手にしています。



三谷幸喜さんがインタビューで
「多くの人に理解されようとしたら
笑いの質を落とさないといけない。」と。
いろいろなしがらみのなかで
届けるということは
想像以上に大変なのだろうなあ、と。
そして
理解されてこそ感情が成立する
理解されて、「おもしろい」となる
ということが本当なら
その怖さははかりしれない。


そんなことを考えつつ
「笑い」が好きな者として
受け取り手の一人として
届けられるものを
できる限り理解できるようにしたい
見巧者でいられるように
努力したいなあ、と。





好きなエピソードのひとつ。
小さい頃、おうちの都合で
病気のとき、松本さんをお母さんが乳母車で
病院まで連れて行ってくれて
将来そういう状況なら今度は自分もそうする、というお話。
(自分のことを並べるのはおこがましいけれど
自分が雪山で遭難したら(ないけれども)
母は絶対に登ってくる気がすごくするし
逆に自分はそうするのは絶対。)
「チキンライス」
外出先で、この歌を耳にして
母に電話したくなって
かけたらかけたで泣きたくなって困りました。




物理的に放送が拝見できないのは残念なのだけれども
新聞で、松本さんがしりとり竜王戦にでられることを知って
なんだかいろいろなことがすっとんじゃうくらい
嬉しくて、思わず久しぶりに日記を。
板尾さんが出演されることも。
(来年は84才があるとうれしいのですが)
よい年末です。

今年もありがとう

りっぱな一本の大きないちょうの木。
今年も見事な紅葉
毎年見かけるたびに
ああ、今年もみられたなあ
ありがとう
なんだかとってもうれしい
来年はどんな気持ちで見上げるのかしら
来年もみられるかな
そうだといい
などと
胸がいっぱいになりながら
しばしみとれながら
だれにどこにでもないのだけれど
だれにどこにもかな
感謝の気持ちで
また会えたね
って気持ちで
たぶんそんな気持ちで
見上げる
ただ
うれしいって気持ちで
いっぱいになりながら
見上げる
ほんとうにほんとうにきれい
黄金色
いっぱい



今日はいわし雲。

散歩には良い季節。

二人乗り自転車のうしろ
つかまった手から伝わるあたたかさ
元気か?
困ったことないか?
と前を見ながらぶっきらぼうに言われると困る
家族のあたたかさ
そんなあたたかさがあったから
10月以降のりきれたのだと思う





ひとつの感情についての
「喪の仕事」
すでに終わっていること
かすかでいい
伝わるとうれしい
そういうことではないと
それで満足しているあなたを
みることが、と....
そしてそんな風に思ってしまう自分が悲しいのだと
でもすんだこと。
箱にしまうこと。




人に対して清潔でいる
おりこうさんぶるつもりもなく
道徳的なことでもなく
自分の心を穏やかに保つために
どんな状況でも
それがいままでの経験から学んできたこと
そしてそのために
歌、言葉、笑顔が必要





          • -

ありがとうございます。

あたたかなお心遣い。本当にありがとうございました。

おかげで自分を見失わずにすみました。
この場で失礼ですが、心から。お礼を。 
支えていただきました。






全ては私の思いこみです。
お会いしたこともないのに
私の通信手段は
この日記と私的でない場への手紙のみなのに
そんな状況をお付き合いしているとはいわない
そんなことはわかっていたことです。
だからずっとつらかった。
喰いつきと言われたときも。
目にしないものにたいして。
だからある意味では、ラクチンの今。
それでも待っている時間と思いたかった。
ばかです。
でも自分で感じて、考えた
その結果
後悔は無いの